一般社団法人大阪府建築士事務所協会

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・ぶらり大阪”景観”ウォーク

(6)酒君塚古墳~市内で現存する最大級の古墳~(都市景観資源)

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お墓が公園で、山の高台がそのまま滑り台になっています。
 酒君は日本書紀書に出てくる人物で、仁徳天皇の時代の人物でした。天皇が、紀角宿禰という日本の身分の高い行政官を百済に派遣させたのですが、その際に酒君が紀角宿禰に対して無礼をしたそうです。百済王はそのことに対して怒り酒君を捕らえて日本に送りました。酒君はその後おとなしくして、しばらくして天皇から許しをいただきました。
 355年頃、依網屯倉という人が不思議な鳥を捕まえ、天皇に献上しました。天皇は、酒君に「この鳥は何という鳥だ。」と尋ねたところ、「この鳥は“くち”と言って百済にはたくさんおります。飼いならすといろんな鳥を捕ってくれます。」と答えました。日本名で鷹です。天皇は、 酒君に鷹を預けたところ、鷹が酒君に慣れ、鳥を捕るようになり、再度天皇に献上されました。その由来から、このあたりの地名が鷹合となっています。東住吉区東部にある鷹合・桑津・山坂の一帯には、かつて大きな古墳群があったことが、江戸時代の地籍図や古墳にまつわる伝承などから推定されています。
 この酒君塚古墳は、近年の発掘調査によって、現在の墳丘の盛土下にかつて平塚と呼ばれた長径35m以上、高さ2m前後の古墳の墳丘があったと確認されました。江戸時代に行われた盛土によって現在の形が形成されたようです。出土した円筒埴輪から築造時期は4世紀末で、このあたりでは最も古い古墳であることも明らかになっています。

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